北海道千歳市のMEON農苑・ガーデンカフェ(レストラン)

ようこそMEON農苑へ

北海道千歳市のMEON農苑・ガーデンカフェ(レストラン)

■CONCEPT

私達は、草花や小果樹を育てながらカントリーサイドでの
素朴で豊かな自然の暮らし(衣食住遊)を提案します。

■CAREER

私の部屋岩見沢店   1978〜2004

メリーおばさんの家  1984〜2004

ロングパリッシュ   1992〜2015

ミオンガーデンカフェ   2015〜

苑主 近 東志勝

北海道千歳市のMEON農苑・ガーデンカフェ(レストラン)

昔からなぜか、終の住処は清らかな水の流れるところと決めていました。

導かれるように辿り着いた先が、大自然の入口、千歳川のほとりで、 支笏湖からの伏流水に恵まれた野鳥のさえずる別天地です。

最初の整地と水路の基礎工事はプロフェッショナルにお願いし、 他は仲間や友人のアドバイスとボランティア頼りに ブロック門柱を立て、鹿よけネットを回し、何とか苑としての第一歩を踏 み出しました。

ここは毎日が山川草木の小宇宙。
森が無言で語りかけてきます。
「素のまんまが一番」「余計なことはするな」「シンプルにシンプルに」
MEONの庭は、春の芽吹きから冬の立ち枯れまで、野の草花が主役です。
様式も形式もありません。
百人百様、感じたままに楽しんでいただけたらと思います。

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冬を絵にする


北海道千歳市のMEON農苑・ガーデンカフェ(レストラン)

<冬を絵にする>

MEON農苑 近東志勝

10年前、鮭のそ上する千歳川の最上流域をMEONの理想の地と定めた時、ここで夢を追いかけるには「冬を絵にする」ことが絶対条件と心に刻みました。
夏は無条件で絵になります。とはいえここは大自然の入口、国立公園の隣接地です。はじめに陣地を確保することにしました。門柱を立てネットを張り熊や鹿の進入を防止し、平和に共存できるよう敷地を囲い込みMEON農苑と名づけスタートです。
19本のブロック門柱を積み上げながら、毎日五感で自然と会話しているうちに自分がこの地でやるべきことがはっきりと見えるようになってきました。
「素のまんまが一番」「余分なことは止めよう」
水と森と草花、中央に水路、左右にシンメトリーに石板ボーダー、4方面から全ての雨水が水路に向かうようにわずかな勾配、敷地の中央にはトド、エゾ松の円形舞台。
石板、丸石、枕木、私の相棒にミニユンボ。
思い描いたレイアウトを形にするのに5年の歳月を費やしました。
そして6年目、ようやく建物と庭の植栽に着手。
建物のデザイン設計は建築家の井端明男氏に全てお願いしました。控え目ながら素朴で繊細で、しかも存在感のある周りに調和した素晴らしい建物です。
庭は草が主役と決め市松模様に配した石板の間に最初に草を配置し、その間にそっと野の花を添えただけの質素な庭です。春の芽出しから秋、立ち枯れて休眠に入るまで草花の全てのシーズン楽しめます。
植栽して5年目、ようやく建物も庭も周りの自然に溶け込んできました。
スタートから10年、とりあえず「夏を絵にする」は一段落。
いよいよ「冬を絵にする」の番です。10年間ずっとこの日が来るのを待っていました。
夏と違ってテーマは限られています。雪、水路、森中の野鳥、リスのたわむれ、室内で春を待つ沢山の草花。
暖炉の火、キャンドルの明りと暖かい食事とお茶。
冬もやはり「素のまんまが一番」何か裏技がある訳でもなく、オーソドックスに表現してみます。
10年間ずっと抱き続けたモチーフがまだ色あせていなければ、北海道の冬だからこその素敵な空間が生まれるかもしれません。
11月〜3月、冬のMEONへお出かけ下さい。
きっと時が止まるかも・・・・・・。

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農業の可能性(ミオンへの道)

MEON農苑 近東志勝

・・・農業の可能性(ミオンへの道)・・・

5年程前、2000年某月某日、ある友人(ワイナリー経営)を岩見沢から千歳エアポートまで送る途中、長都の田園あたりでの会話。
「僕は将来、千歳のどこか清流のほとりに500坪位の土地を見つけて、最後はそこで暮らすつもりでいるけど、もしその隣に小さなワイナリーができる位の土地があったらどうする?」
答。
「すぐ探せ」でした。
なんと、口と行動が同時のような友人で、それにつられてその日、その時から、私の清流探しが始まった訳です。そうなると不思議なもので、まるで導かれたようにある人との出会いがありました。
K氏という農業のエキスパートで、様々な経験もされ、そして千歳をこよなく愛する人物で、2つ返事で協力を約束して下さいました。
私からの条件は3つ。

@ 護岸工事されていない清流のそば。川の規模は関係なし。
A そばに森があること。
B 5000坪。

千歳市は雄大な支笏国立公園を奥庭に、周囲は美しい酪農の田園地帯の街です。しかし、上記の3つの条件を満たす場所となると滅多にあるものではありません。
K氏に連れられ、川を求めて市内中を隈無く歩き回った結果、千歳川上流域右岸(蘭越一体は学生時代からあこがれの場所)と、長都川上流域が候補地として残りました。
早速交渉に入ったところ、千歳川上流域は国立公園敷地内民有地。そこに到るには、川に橋をかけるしか道無し。無念。没。
次、長都川へ。
今度は、長沼農業試験場がぶどう栽培不適地と宣言。千歳市上空、6〜7月、2つの気流で霧発生の由。
ワイナリーはとりあえず中断となりました。
しかし、私の川探しの熱は冷めるどころか上るばかり、いよいよ長都川詣出の始まりです。 丁度その年2000年3月、理想の川を求めてのイギリス一人旅を思い立ち、ロードマップにコンパス、テンカラ釣りの竿1本(ジャパニーズ式フライ)をバックパックに忍ばせての小冒険旅行を決行しました。
(30日間レンタカーで8600km)
いきなり出会った川が、R.MEON。

ロンドンから南へ車で1時間ほどのカントリーサイドで、ハンプシャー州のゆるやかな丘陵地帯を、村から村へ牧場から牧場へと流れる昔のままの清流で、その中流域の川のほとりで、ラレットさんという老夫婦がリタイア後のカントリーライフを楽しんでおられました。
奥さまのアトリエは、ミオン川にまたがる昔ミルのあった古レンガの建物。
建物の下を川が流れ、バイカモが一面に。3月の末ということもあり、スイセン、リューキンカ、チオノドクサ等の球根の花々が水際に咲き乱れ、桜は満開。
水鳥が遊び、野鳥がさえずるまるで絵本の世界。私はもう度肝を抜かれる程のチョー感激状態。しかも、この御夫婦、40年程前に石油関係の仕事で5年も日本滞在の経験があり(札幌にも1年)その上、日本語もまだなんとかO.K.で今でも日本人びいきのジェントルマンでした。
そのラレットさん、開口一番。「日本の田舎は美しかった、広島(広島県)の田舎も札幌の田舎もきれいで、きれいで」と当時を振り返り何回も何回もお話しされました。

そしてラレットさん曰く。
「北へ向かえ、北へ。イギリスの北はまだまだ自然が残り、人情も昔のまま。南はもうすっかり荒れ果て、昔の面影はほとんど無くなってしまった・・・。」

別れを告げ一路北へ。川又川の田舎めぐり8,000kmのスタートです。

※中抜き

旅の終わり、再び、R.MEONへ。やっぱりMEONが一番です、千歳でミオンを探そう。

長都川詣での再開です。

4年間、随分と通いました。
店もたたみ、背水の陣を敷いた昨年の初冬2004年11月。ひょんな事から千歳川が復活。
初恋の場所です。(現在地)
仲人は勿論K氏。夢が正夢となりました。
ミオンの誕生です。

それでは本論に入ります。
※ある友人とは、オチガビワイナリーの落希一郎氏です。

「何故に農業?」

それは勿論のこと農業に大きな可能性と素晴しい未来を感じ取ったからです。

前途多難は覚悟の上です。何といっても、中心になる私が、精々、全国に先がけてハーブとかイングリッシュローズを手掛けた程度のズブの素人なんですから。(仲間は、農・林・畜のエキスパート)
恐らくその道のプロである皆様の目からすれば、なんと無謀な企てと写るに違いありません。
しかし、当の本人は、なんとか農行政担当の専門の方々や、研究機関、あるいは知識経験の豊かな諸先輩の方々の御理解、御指導をいただけるものなら、必ずや小規模農業における新機軸を打ち出せるのではと、やる気満々でおります。

「盲、蛇に怖じず」とは正に己のような者のことを指すに相違いありません。
しかし、 「上手の手から水が漏れる」の喩えのあるごとく、素人だからこそ見える世界もあるのでは・・・?という僅かな反論を手掛かりに、農業の未知の世界を楽しみながら、仲間と共に切り開いていこうと考えています。

といっても何か特別な高等戦術や秘密兵器がある訳でもなく、まして、魔法の杖ごときもあろう筈もありません。

しかし、衣・食・住をテーマに、長年、女性を専ら相手に、彼女等の欲求不満を自らの生業の糧にしてきた私からすれば、確実に見えるものもあるのです。
何といっても、「需要は未だに満たされざるところに存在する」訳ですから。
「未だに満たされていない何か」とは?
モノは巷に溢れ返っています。なのに、何かが足りない。

私達は高付加価値路線で参ります。
多品種、少量生産です。※大量生産、大量消費の逆バリ。
巡り巡って授かった地が、国立公園の入口、千歳川のほとりです。減農薬は当然の目標。

山羊やニワトリ[フランスアルプス地方で山羊に恋した乙女(元)が一人。今はイタリア、ブラの村(スローフード発祥の地)でチーズ作りに奮闘中。]
小規模ながら、昔ながらの循環型農業で参ります。
※山羊のチーズ工房計画は環境保全等の諸事情で中止となりました。

植栽品目は、千歳の自然環境に順応適性品種を選抜し、余分に手の掛からない、寒さに強い強健種を基本とします。

幸いここ千歳地方は、降雪量が小果樹栽培には適量のようで、過度な設備も避けられそう。その上、水はけは抜群。土壌も、下にある黒ぼこと中小のれきの混合に、堆肥の調節でパーフェクト。
作物温量指数も、56.5と、南に位置する割には、冷涼の特殊な地域で、更に、千歳川の沢に挟まれ、風穏やかな、真南向きの畑です。
朝晩は極端に冷え込む割に、日中は日だまり、という、誠にメリハリの利いた、小果樹栽培には打って付けのロケーションと思われます。
特にバラを代表とする花卉類においては、日本の中でも、最もイギリスの涼しい夏に近く、さぞや美しい花々を、夏中(夏バテせず)見事に咲き続けてくれるものと期待しております。
※大敵は鹿と熊とスズメ蜂 −蘭越町会長さんの言− なんとか一戦を交えず共存でいきたいものです。

ここで少し構成メンバーに触れてみます。
私が言い出しっぺ。3人の農業関係者。建築家。建築と環境デザイナー。人形作家。マテリアルの専門家。そして私の家内(生活雑貨)の9人です。

今回は、高付加価値農業の可能性にチャレンジし、農村地域が本来持つ複合的ポテンシャルを多様に引き出すことが最大の目的でありますので、異業種の専門家の仲間に、サイドを固めていただきました。
農業を縦糸と横糸で紡いでみたいのです。
目線を変え、従来からのモノサシを一度手放し、原点に帰り、「未だ満たされない何か」を、徹底的に見つめ直してみたいのです。
生産加工販売を直につないで、生産者も生活者も、互に顔を見せ合いながらの、「商いの原点」にも立ち帰り、お客様の満足度とは何かを、真摯に受け止めてみようと思っております。

「今は飽食の時代」

お腹を満たすだけでは決して満足しません。ルンペンが糖尿病になる時代ですから。
30年前とは、明らかに何かが変化したのです。
昨年(2003年)以来、少しは冷静に自分のことも、世の中の流れも、見つめ直す時間に恵まれました。 そしてなんとなく見えてきたことは、生活者の方は、繰り返しの学習効果で、(衣・食・住の実際体験や、あらゆるチャンネルからのマスコミ新情報による擬似体験を通じ)もう、とっくの昔に意識もせず、次の次元へ移行済み。にもかかわらず、我々生産者や供給者の側が、今だ昔のままのステージの上で、右往左往している。そして、そこに大きなミスマッチが生じていることが、今回の長期大不況の見えざる正体のように思われます。

もう、生活者は決して元のステージには戻らないでしょう。その事実に早く気付き、今までの成功体験を捨て、初めから、縦糸と横糸で「新しい布地紡ぎが始まる時代」の到来を知るべきです。
縦糸のスキ間に横糸を通してみる。縦糸の壁を少しだけ破ってつなげてみると、誰の目にも異次元が見えてきます。つなげ方(組み合わせ)は無限です。
その一つの例を、ミオンで実証したいと思います。

農業を切り口に、大自然の入口のミオンの地で感性を統一させ、「豊かな農業とは何ぞや」を純粋に世に問うてみたいと思います。

ヨーロッパの田舎は美しいです。
彼等も「食を職」としていることには変わりありません。でも「食を職」とする現場(カントリーサイド)は、とても美しく都会の生活者のあこがれの的です。

日本の田舎も、かつては世界に類を見ない程美しかったようです。
わらべ歌の「ふるさと」の世界です。

生産性も大事、効率も重要でしょう。
でもその挙げ句、何かを失ったのでは・・・とても大切なものを。
大都会と大自然の緩衡地帯にある農村が、昔ながらの森や小川が点在する忘れ難き田園風景であったなら、恐らく、農民の地位も生活も、今とは天と地。と、悔やむのは私ばかりでしょうか。
米は米だけにして米に非ず。田園の美しさも立派な米に成り得るのでは?
経済性1本槍の従来からの農の延長線上に、果たして、真に豊かな農村の姿が見えるのかどうか。
美しさも立派な米。
農民には「2つの米の種」があることに早く気付くべきです。
さすれば、人は農村に向かいます。若者も、です。美しいところにはどんどん人が寄ってきます。人さえ集まれば、米でも野菜でも卵でも、なんでもかんでも、新鮮な状態で安く売れます。なんたって流通コスト0ですから。
何にも立派な建物なんて要りません。金かけても駄目な例は日本中掃いて捨てる程あります。テーマパークが良いサンプルです。野の花だけでも立派に人は呼べます。
次元が(モノサシ)変わったのです。「里山に小川を」急がば廻れです。

<小泉さんへ
国も環境保全の一環で「緑の森豊かな農村運動」でも展開して下さい。
そうすれば、農民の資産はトリプル増。
生活者も大喜び。
国も補助金が減り、3者3両得、なんですけれど・・・。>

まあ、「かいより始めよ」の精神ではじめます。
ゆっくり6ヵ年計画です。
関係各位の皆様の、心からの御支援、よろしくお願いします。


2005年7月吉日。
MEON代表 
近 東志勝
北海道千歳市のMEON農苑・ガーデンカフェ(レストラン)
後記
「バーズアイビュー」

敷地の囲い込みも済み、天地返し、堆肥投入、ロータリー掛け、と、農業の土台作りが完了する頃、知人の航空写真家T.氏からミオン上空からの数枚の航空写真をプレゼントしていただきました。
「鳥達はこんな風にMEONを見ている」
毎日、地面に這いつくばっている私には、かつて、想像だにしなかった千歳川とミオンのもう一つの素顔が見事に写し出されていました。
その壮大さに、衝撃と驚きと感謝が瞬時に交ざりあって、なんとも表現できないうれしさで一杯になりました。
この時を境に、MEONに対する私の姿勢が少しづつ変化していったようです。
気がつけば生産を中心としていた敷地のレイアウトもいつの間にか庭が中心になっていました。

夏を絵にして、冬を絵にして、夜を絵にして、いつの日か鳥達が見る風景までも絵にできたら、きっとMEONは大自然の懐に溶け込み、千歳川の流れと共に時を刻む美しい農苑になっていることと思います。

「もう一度R.MEONへ行こう」

2015年11月8日
MEON 近 東志勝